森繁久弥さん 続き (コスモス)
先日夜中3時ころ、目が覚めてラジオをつけてみたら、亡くなられた森繁さんの追悼番組があって聞いた。
インタビューと、歌などで2晩にわたってやったらしい。はじめ過去のインタビューを聞いた。
森繁さんが昔NHKのアナウンサーとして、満州?に行ってたそうで、敗戦後は自分は「戦犯だ」と思い続けたそうだ。
それはアナウンサーとして、本当のことを言わず、嘘の放送を流し続けたからだと。
戦況は負けてるのに勝ってると放送したり・・・。
「自分は戦犯だ」と言う思いに悩んだようだ。
しかしその後の話を私は聞かずに寝てしまった。
昨夜NHK「クローズアップ現代」にて、森繁さんのことが取り上げられた。
1913年生まれ、早稲田大学で演劇をやってたと言う。
アナウンサーとして戦争に7年間行ったと言う。この7年間はご自身にとって大変な意味ある時期だったと。
戦後大衆演劇に、喜劇役者にと進む、30歳も後半のころだ。
ラジオ、映画、テレビ、演劇と活躍した。
日曜日夜ラジオの「日曜名作座」は、加藤道子さんと五〇年も続いたそうだ。
私は20代のころ聞いたこと今でも思い出す。
つい最近まで聞いてた気がするが、数年前に西田敏行、竹下景子の2人に代わった。
役者として生まれてきた人のように思えた。
インタビューと、歌などで2晩にわたってやったらしい。はじめ過去のインタビューを聞いた。
森繁さんが昔NHKのアナウンサーとして、満州?に行ってたそうで、敗戦後は自分は「戦犯だ」と思い続けたそうだ。
それはアナウンサーとして、本当のことを言わず、嘘の放送を流し続けたからだと。
戦況は負けてるのに勝ってると放送したり・・・。
「自分は戦犯だ」と言う思いに悩んだようだ。
しかしその後の話を私は聞かずに寝てしまった。
昨夜NHK「クローズアップ現代」にて、森繁さんのことが取り上げられた。
1913年生まれ、早稲田大学で演劇をやってたと言う。
アナウンサーとして戦争に7年間行ったと言う。この7年間はご自身にとって大変な意味ある時期だったと。
戦後大衆演劇に、喜劇役者にと進む、30歳も後半のころだ。
ラジオ、映画、テレビ、演劇と活躍した。
日曜日夜ラジオの「日曜名作座」は、加藤道子さんと五〇年も続いたそうだ。
私は20代のころ聞いたこと今でも思い出す。
つい最近まで聞いてた気がするが、数年前に西田敏行、竹下景子の2人に代わった。
役者として生まれてきた人のように思えた。





